
愛犬を家族に迎えたとき、多くの飼い主が直面する重要な決断があります。それは「避妊・去勢手術を受けさせるべきか」「将来的に繁殖を考えるか」という選択です。
この決断には正解も不正解もありません。大切なのは、避妊・去勢手術のメリット・デメリット、繁殖に伴う責任と準備を正しく理解し、愛犬の健康と幸せを第一に考えた判断をすることです。アメリカ獣医師会(AVMA)も、この決定は個々の犬の状況に応じて獣医師と相談して行うべきだとしています。
この記事では、避妊・去勢手術の基礎知識から最適なタイミング、メス犬のヒート(発情期)の理解、責任ある繁殖の条件、そして妊娠・出産までのケアを網羅的に解説します。子犬との幸せな暮らし方を実現するために、正しい知識を身につけましょう。

避妊手術の基礎知識:メス犬の健康を守る選択
避妊手術は、メス犬の卵巣と子宮を摘出する手術です。一般的に「不妊手術」とも呼ばれ、望まない妊娠を防ぐだけでなく、さまざまな健康上のメリットがあります。
避妊手術とは?手術の方法と流れ
避妊手術は全身麻酔下で行われ、お腹を切開して卵巣と子宮を摘出します。手術時間は通常1〜2時間程度で、多くの場合、日帰りまたは1泊の入院で退院できます。
術後は1〜2週間の安静期間が必要で、この間は激しい運動を避け、傷口を舐めないようエリザベスカラーを装着します。抜糸は通常10〜14日後に行われます。
避妊手術のメリット:病気予防と生活の質向上
避妊手術の最大のメリットは、命に関わる病気の予防効果です。
乳腺腫瘍のリスク低減 初回発情前に避妊手術を行うと、乳腺腫瘍の発生リスクが99.5%低下します。初回発情後でも92%、2回目発情後でも74%のリスク低減効果があります。犬の乳腺腫瘍は約50%が悪性であるため、この予防効果は非常に大きいと言えます。詳しくは乳腺腫瘍予防:早期避妊の重要性をご覧ください。
子宮蓄膿症の完全予防 子宮を摘出するため、子宮蓄膿症を完全に予防できます。子宮蓄膿症は未避妊の中高齢犬に多く見られる命に関わる病気で、緊急手術が必要になることもあります。
発情期のストレス軽減🛒 発情期には出血や行動の変化があり、犬自身にもストレス🛒がかかります。避妊手術によってこれらがなくなり、穏やかな生活を送れるようになります。
避妊手術のデメリット:知っておくべきリスク
一方で、避妊手術にはいくつかのデメリットやリスクもあります。
太りやすくなる体質変化 卵巣を摘出するとホルモンバランスが変化し、1日の代謝エネルギー量が約20〜30%減少します。そのため、手術前と同じ量の食事を与え続けると太りやすくなります。適切な食事管理と運動で予防可能です。
尿失禁のリスク 避妊手術を受けたメス犬の約4%で尿失禁が発生するという報告があります。特に中〜大型犬の中高齢期に見られることが多く、薬物療法で改善できることがほとんどです。
大型犬の関節疾患リスク アメリカンケネルクラブ(AKC)の最新研究によると、ゴールデンレトリバーやラブラドールレトリバーなどの大型犬では、1歳未満での避妊手術により股関節形成不全などの関節疾患リスクが増加する可能性があります。
詳細については避妊手術のメリット・デメリット徹底解説で解説しています。
去勢手術の基礎知識:オス犬の健康管理
去勢手術は、オス犬の精巣を摘出する手術です。メス犬の避妊手術に比べて手術時間が短く、体への負担も少ないのが特徴です。
去勢手術とは?手術の方法と特徴
去勢手術は全身麻酔下で行われ、陰嚢の前方を小さく切開して両側の精巣を摘出します。手術時間は30分〜1時間程度と比較的短く、多くの場合は日帰りで退院できます。
術後の回復も早く、1週間程度の安静期間を経て通常の生活に戻れます。みんなのブリーダーによると、去勢手術は避妊手術と比較して侵襲性(体への負担)が低いとされています。
去勢手術のメリット:病気予防と行動改善
去勢手術には健康面と行動面の両方でメリットがあります。
精巣腫瘍の完全予防 精巣を摘出するため、精巣腫瘍は100%予防できます。特に停留睾丸(精巣が正常な位置に降りていない状態)の場合、腫瘍化リスクが高いため、去勢手術が強く推奨されます。
前立腺疾患のリスク低減 去勢により前立腺肥大症や前立腺炎のリスクが大幅に低下します。これらの疾患は未去勢の中高齢犬に多く見られます。
マーキング・マウンティングの軽減 テストステロン(男性ホルモン)の分泌が抑えられることで、マーキングやマウンティング行動が軽減される傾向があります。ただし、すでに習慣化している場合は手術だけでは改善しないこともあります。
攻撃性の緩和 ホルモンに起因する攻撃性や、発情中のメス犬を追いかける行動が減少することが期待できます。
去勢手術のデメリット:考慮すべき点
太りやすくなる傾向 避妊手術と同様に、ホルモンバランスの変化により代謝が低下し、太りやすくなります。
大型犬の成長への影響 性ホルモンは骨の成長板の閉鎖に関与しているため、早期の去勢により骨の成長が長引き、関節疾患のリスクが高まる可能性があります。これは特に大型犬で顕著です。
不可逆的な処置 一度手術を行うと元に戻すことはできません。将来的に繁殖を考える可能性がある場合は、慎重に検討する必要があります。
詳しくは去勢手術のメリット・デメリット徹底解説をご参照ください。
手術の最適なタイミング:いつ行うべきか
避妊・去勢手術の最適なタイミングは、犬のサイズや犬種によって異なります。近年の研究により、一律に「生後6ヶ月」という従来の基準が見直されています。
小型犬・中型犬の推奨時期
小型犬や中型犬では、生後6ヶ月頃が一般的な手術時期とされています。チワワ、ヨークシャーテリア、ダックスフンドなどの小型犬では、早期の避妊・去勢による関節疾患リスクの増加は見られないという研究結果があります。
メス犬の場合、初回発情前に避妊手術を行うことで乳腺腫瘍の予防効果が最大となるため、生後6ヶ月頃の手術が推奨されます。
大型犬・超大型犬の推奨時期
大型犬や超大型犬では、手術を遅らせることが推奨されるケースが増えています。
2024年のWSAVA(世界小動物獣医師会)のガイドラインでは、大型犬(ゴールデンレトリバー、ラブラドール🛒レトリバー、グレートデーンなど)は12〜18ヶ月まで待つことが推奨されています。
これは、性ホルモンが骨格の発達に重要な役割を果たしているためです。早期に手術を行うと成長板の閉鎖が遅れ、関節への負担が増す可能性があります。
犬種別の考慮点
犬種によって推奨される手術時期は異なります。例えば:
ゴールデンレトリバー:特にメスは、避妊手術によるがんリスク増加の報告があり、慎重な判断が必要
マスティフ:オスは24ヶ月、メスは12ヶ月まで待つことが推奨
シベリアンハスキー:オスは6ヶ月、メスは12ヶ月まで待つことが推奨
詳細は最適な時期はいつ?避妊・去勢のタイミングで解説しています。最終的な判断はかかりつけの獣医師と相談して決めることが重要です。
メス犬のヒート(発情期)を理解する
避妊手術を行わない場合、メス犬は定期的にヒート(発情期)を迎えます。楽天保険のペットコラム🛒によると、ヒートは人間の生理とは仕組みが異なり、正しい理解が必要です。
ヒートとは?人間の生理との違い
犬のヒートとは「発情」を意味し、交配のためにオス犬を受け入れる状態のことです。
人間の生理との大きな違い
人間の生理:排卵後、受精しなかった場合に子宮内膜が剥がれ落ちて出血
犬のヒート:排卵前に子宮内膜の血管が発達し、血液が染み出すことで出血
つまり、犬の出血は妊娠の準備段階で起こるものであり、人間の生理とは本質的に異なります。また、犬のヒートには痛みがないとされています。
発情周期の4段階
犬の発情周期は4つの段階に分けられます。
1. 発情前期(約3〜27日間、平均9日) 陰部が腫れ、出血が始まります。この時期はまだオス犬を受け入れません。
2. 発情期(約5〜20日間、平均10日) 出血が薄くなり、オス犬を受け入れるようになります。発情期開始から約3日目に排卵が起こります。
3. 発情休止期(約2ヶ月間) 黄体ホルモンが分泌される時期で、偽妊娠が起こることもあります。
4. 無発情期(4〜8ヶ月間) 次の発情前期まで性的に休止している期間です。
詳しくはメス犬のヒート:発情周期と兆候の見分け方をご覧ください。
ヒート中の注意点とケア
ヒート中は以下の点に注意が必要です。
オス犬との接触を避ける ヒート中のメス犬のフェロモンは、数キロ先のオス犬にも届くと言われています。散歩中は他のオス犬との遭遇に注意し、ドッグランやドッグカフェの利用は控えましょう。
精神的な変化への対応 ヒート中は情緒が不安定になり、イライラしたり、食欲が変化したりすることがあります。穏やかに接し、ストレスを最小限にする工夫が必要です。
衛生管理 出血への対応として、犬用のサニタリーパンツ🛒やおむつを使用すると便利です。
オス犬の飼い主さんはオス犬の発情行動:マウンティングと対処も参考にしてください。
繁殖を考える前に:責任あるブリーディングとは
「一度は子犬を産ませてあげたい」という気持ちは自然なものですが、繁殖には大きな責任が伴います。安易な繁殖は、犬にも子犬にも不幸な結果をもたらす可能性があります。
繁殖の動機を見直す
繁殖を考える前に、以下の点を自問してみましょう。
生まれてくる子犬すべての行き先(責任を持って育てられる飼い主)は確保できていますか?
繁殖にかかる費用(交配料、妊娠中のケア、出産費用、子犬の医療費など)を負担できますか?
出産時に緊急事態が起きた場合、すぐに動物病院🛒に連れて行く準備はできていますか?
母犬や子犬に問題が起きた場合、最後まで責任を持てますか?
「犬の気持ちになって産ませてあげたい」という考えは、人間の感情を犬に投影したものです。犬には「子供を産みたい」という意識はなく、むしろ発情期のストレスから解放される避妊手術の方が犬の幸せにつながる場合も多いのです。
遺伝性疾患と遺伝子検査の重要性
ジャパンケネルクラブ(JKC)によると、犬の遺伝性疾患は現在700種以上が特定されており、そのうち200種以上で原因遺伝子が判明しています。
繁殖前には、犬種に多い遺伝性疾患の遺伝子検査を受けることが強く推奨されます。検査結果は以下の3種類に分類されます:
クリア:疾患の原因遺伝子を持っていない
キャリア:原因遺伝子を1つ持っているが発症しない
アフェクテッド:原因遺伝子を2つ持ち、発症する可能性が高い
責任あるブリーダーは、アフェクテッドの犬を繁殖に使用せず、キャリア同士の交配を避けることで、遺伝性疾患の発生を防いでいます。詳しくは遺伝性疾患と繁殖:検査の重要性をご覧ください。
信頼できるブリーダーの条件
もし繁殖を考えるなら、以下のような「責任あるブリーダー」の条件を自分自身が満たせるか確認しましょう。
繁殖する犬種に多い遺伝性疾患を理解している
繁殖前に遺伝子検査や健康診断を実施している
計画的な繁殖を行い、生まれる子犬の数をコントロールしている
子犬の行き先を確保してから繁殖している
問題が起きた場合に子犬を引き取る覚悟がある
妊娠から出産まで:繁殖を決めた場合のガイド
繁殖を決意し、すべての準備が整った場合のために、妊娠から出産までの流れを解説します。
交配から妊娠確認まで
メス犬の交配適期は、発情出血が始まってから11〜14日目頃とされています。ただし個体差があるため、獣医師による膣細胞診やホルモン検査で排卵日を特定することが推奨されます。
交配後、着床までには約3週間かかります。妊娠の確認は交配後25〜30日頃に超音波検査で行えます。レントゲン検査は妊娠55日目以降に行い、子犬の頭数や大きさを確認します。
犬の妊娠期間は58〜63日間で、平均は約63日です。詳しくは妊娠したかも?犬の妊娠兆候チェックをご確認ください。
妊娠中の母犬のケア
ヒルズによると、妊娠中の母犬のケアは時期によって異なります。
妊娠初期(1〜3週目) 着床前の不安定な時期です。激しい運動やストレスを避け、食事は通常通りで問題ありません。
妊娠中期(4〜6週目) お腹が少しずつ大きくなります。食事量は通常の1.2〜1.5倍程度に増やし、栄養価の高い子犬用フード🛒への切り替えを検討します。
妊娠後期(7〜9週目) 食事量は通常の1.5〜2倍に増やします。ただし、母犬が太りすぎると難産のリスクが高まるため注意が必要です。詳細は妊娠から出産まで:約63日間のケアで解説しています。
出産の準備と対応
PETOKOTOによると、出産の準備として以下が必要です。
産箱の用意 静かで薄暗い場所に、母犬が横になっても余裕のある大きさの産箱を用意します。床にはタオルや新聞紙を敷きます。
出産の兆候
体温が37℃程度に低下(通常は38℃前後)
食欲低下、嘔吐
落ち着きがなくなる、巣作り行動
緊急時の備え 夜間対応の動物病院の連絡先を確認しておきましょう。以下の場合は緊急受診が必要です:
強い陣痛が30分以上続いても子犬が出てこない
破水後2時間以上子犬が出てこない
母犬がぐったりしている
小型犬は特に難産になりやすい傾向があります。愛犬の健康を守る病気予防と早期発見も併せてお読みください。
手術の費用と準備
避妊・去勢手術を決めた場合の費用と準備について解説します。
手術費用の目安
手術費用は動物病院や地域によって異なりますが、一般的な目安は以下の通りです。
| 手術の種類 | 費用の目安 |
|---|---|
| 去勢手術(オス) | 2〜5万円 |
| 避妊手術(メス) | 3〜8万円 |
費用には通常、麻酔料、手術料、入院料、術後の投薬が含まれます。術前検査(血液検査など)は別途かかることもあります。
なお、避妊・去勢手術はペット保険の補償対象外となるため、全額自己負担です。自治体によっては助成金制度がある場合もあるので、事前に確認してみましょう。
手術前の準備
手術前には以下の準備が必要です。
術前検査 血液検査やレントゲン検査で、麻酔に耐えられる健康状態かを確認します。
絶食・絶水 手術前日の夜から絶食、当日朝から絶水が一般的です。麻酔中の嘔吐を防ぐためです。
当日の持ち物 エリザベスカラー、ペットシーツ🛒、普段使っているタオルやブランケットなどを持参します。
術後のケアと回復
エリザベスカラー 傷口を舐めないよう、抜糸まで装着します。最近はドーナツ型の柔らかいカラーもあります。
安静期間 術後1〜2週間は激しい運動を避け、散歩も短時間にとどめます。
傷口の観察 毎日傷口をチェックし、赤み、腫れ、分泌物があれば動物病院に連絡しましょう。
抜糸 術後10〜14日で抜糸を行います。最近は溶ける糸を使用して抜糸不要の場合もあります。
まとめ:愛犬のために最善の選択を
避妊・去勢手術と繁殖、どちらを選ぶにしても、大切なのは愛犬の健康と幸せを第一に考えることです。
避妊・去勢を検討する場合
犬種やサイズに応じた最適なタイミングを獣医師と相談
メリット・デメリットを理解した上で判断
術後の体重管理など、継続的なケアを心がける
繁殖を検討する場合
遺伝子検査や健康診断を必ず実施
子犬の行き先を事前に確保
出産時の緊急対応ができる準備を整える
どちらの選択も、愛情ある飼い主の判断として尊重されるべきものです。重要なのは、「なんとなく」ではなく、正しい知識に基づいて決断することです。
愛犬との生活をより豊かにするために、シニア犬との暮らし:老犬の幸せな余生についても学び、生涯を通じたケアを考えてみてください。迷ったときは、かかりつけの獣医師に相談することをおすすめします。愛犬にとって最善の選択ができることを願っています。


















