未去勢のオス犬には、精巣腫瘍や前立腺疾患といった特有の健康リスクがあります。本記事では、これらの疾患の種類、症状、治療法、そして予防方法について獣医学的視点から詳しく解説します。
精巣腫瘍の基礎知識
精巣腫瘍は、未去勢のオス犬、特に高齢犬🛒に多く見られる腫瘍性疾患です。精巣に発生する腫瘍で、早期発見と適切な治療が重要です。

好発条件:
8歳以上の高齢犬
未去勢のオス犬
停留精巣(潜在精巣)を持つ犬
中型~大型犬種
発生率:
正常な精巣:加齢とともに増加
停留精巣:正常犬の13.6倍のリスク

詳しくは未避妊・未去勢のリスク:病気と問題行動をご覧ください。
精巣腫瘍の3つのタイプ
犬の精巣腫瘍は主に3種類に分類され、ほぼ同じ割合で発生します。
1. セルトリ細胞腫(Sertoli Cell Tumor)
セルトリ細胞腫は、精巣の支持細胞から発生する腫瘍で、エストロゲン産生が特徴です。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 発生率 | 精巣腫瘍の約30-40% |
| 悪性度 | 10-20%が悪性 |
| 転移率 | 10-15% |
| 好発部位 | 停留精巣に多い |
特徴的な症状(エストロゲン中毒):
| 症状 | 発現率 | メカニズム |
|---|---|---|
| 脇腹の対称性脱毛 | 70-80% | エストロゲン過剰 |
| 乳房の腫大 | 50-60% | 女性ホルモンの影響 |
| 対側精巣の萎縮 | 60-70% | ホルモンフィードバック |
| 鼠径部の色素沈着 | 40-50% | 皮膚への影響 |
| 包皮の腫大 | 30-40% | 組織の肥厚 |
重篤な合併症:
骨髄抑制:エストロゲン過剰により発生
貧血(ヘマトクリット値低下)
血小板減少症(出血傾向)
好中球減少症(免疫力低下)
これらの合併症は生命を脅かす可能性があります。
2. 精上皮腫(セミノーマ)
精子を作る細胞から発生する腫瘍です。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 発生率 | 精巣腫瘍の約40-50% |
| 悪性度 | 5-10%が悪性 |
| 転移率 | 5-10%(比較的低い) |
| ホルモン産生 | ほとんどなし |
特徴:
比較的良性の経過をたどることが多い
ホルモン異常を起こしにくい
精巣の腫大が主な症状
早期発見で予後良好
3. 間質細胞腫(ライディッヒ細胞腫)
テストステロンを産生する間質細胞から発生します。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 発生率 | 精巣腫瘍の約10-20% |
| 悪性度 | ほとんどが良性 |
| 転移率 | 1%未満 |
| ホルモン産生 | テストステロン産生(まれ) |
特徴:
最も良性の経過をたどる
小型の腫瘍が多い
転移はきわめてまれ
予後は非常に良好
停留精巣と精巣腫瘍
停留精巣(潜在精巣、陰睾)は、精巣が正常な位置(陰嚢内)まで降りてこない状態です。
停留精巣の分類
| タイプ | 精巣の位置 | 発見難易度 |
|---|---|---|
| 腹腔内停留 | 腹腔内 | 困難(触診不可) |
| 鼠径部停留 | 鼠径管内 | 中程度(触診可能) |
| 皮下停留 | 鼠径部皮下 | 容易(触診容易) |
停留精巣のリスク
精巣腫瘍発生リスク:正常犬の13.6倍
停留精巣では、体温が高い環境に精巣が置かれることで細胞変性が起こりやすく、腫瘍化のリスクが大幅に上昇します。
特にセルトリ細胞腫の発生率が高いため、停留精巣が確認された場合は、若齢期での去勢手術が強く推奨されます。
詳細は避妊・去勢手術の最適な時期とタイミングを参照してください。
精巣腫瘍の症状
局所症状
精巣の腫大(片側または両側)
精巣の硬化
陰嚢の腫れ
精巣の左右差
触診時の痛み(まれ)
全身症状(セルトリ細胞腫の場合)
女性化症候群:
脱毛(特に脇腹、大腿部)
乳房の腫大
包皮の肥厚・腫大
皮膚の色素沈着
メスに対する性的興味の減少
骨髄抑制症状:
元気消失
食欲不振
粘膜の蒼白(貧血)
出血傾向(鼻血、歯肉出血)
発熱(免疫力低下による感染)
精巣腫瘍の診断
身体検査
獣医師による精巣の触診:
硬さ
対称性
痛みの有無
血液検査
| 検査項目 | セルトリ細胞腫での変化 |
|---|---|
| ヘマトクリット | 低下(貧血) |
| 血小板数 | 著明な減少 |
| 白血球数 | 減少(好中球減少) |
| エストロゲン | 著しい上昇 |
画像診断
腹部エコー検査:
腹腔内停留精巣の確認
リンパ節転移の評価
腹腔内臓器の評価
レントゲン検査:
肺転移の有無
骨転移の評価
細胞診・組織生検
確定診断のために実施されることがあります。
精巣腫瘍の治療
外科治療(第一選択)
去勢手術(精巣摘出術)が標準治療です。
手術の内容:
全身麻酔
両側精巣の摘出(片側のみに腫瘍がある場合でも両側摘出を推奨)
腹腔内停留精巣の場合は開腹手術
手術のメリット:
腫瘍の完全除去
エストロゲン産生の停止
骨髄抑制の改善
再発リスクの低減
予後:
転移がない場合:予後良好(5年生存率90%以上)
早期発見・早期治療が重要
化学療法・放射線療法
転移がある場合に検討されます:
抗がん剤治療
放射線治療
補助療法として
支持療法
骨髄抑制がある場合:
輸血
抗生物質(感染予防)
造血因子製剤
前立腺疾患の種類
未去勢のオス犬では、加齢とともに前立腺疾患のリスクが上昇します。
良性前立腺過形成(前立腺肥大)
最も一般的な前立腺疾患です。
発生率:
| 年齢 | 発生率 |
|---|---|
| 2-3歳 | 10-20% |
| 5歳以上 | 80% |
| 8歳以上 | 95%以上 |
原因: テストステロンなどの男性ホルモンの影響で前立腺が徐々に大きくなります。
症状:
| 症状 | 頻度 | 重症度 |
|---|---|---|
| 細い便(リボン状) | 高い | 軽~中 |
| 排便困難・しぶり | 中程度 | 中 |
| 便秘 | 中程度 | 中~高 |
| 血尿 | 低~中 | 中 |
| 尿が出にくい | 低 | 高 |
| 後肢の跛行 | 低 | 中 |
メカニズム: 肥大した前立腺が直腸を圧迫し、排便が困難になります。さらに進行すると尿道も圧迫され、排尿障害が出現します。
詳しくは犬の繁殖と避妊・去勢:正しい知識と選択をご覧ください。
前立腺炎
細菌感染により前立腺に炎症が起こる疾患です。
症状:
発熱(39.5℃以上)
元気消失
食欲不振
腹部の痛み(触ると嫌がる)
尿道からの膿性分泌物
排尿痛
血尿
原因菌:
大腸菌(最も多い)
ブドウ球菌
連鎖球菌
治療:
長期間の抗生物質投与(4-6週間)
去勢手術(再発予防)
鎮痛剤
前立腺膿瘍
前立腺炎が進行し、前立腺内に膿が貯留した状態です。
症状:
重度の全身状態悪化
高熱
激しい腹痛
排尿不能
敗血症のリスク
治療:
緊急外科手術(ドレナージ)
強力な抗生物質
集中治療
前立腺癌
比較的まれですが、悪性度が高い疾患です。
特徴:
進行が早い
転移しやすい(骨、肺、リンパ節)
予後不良
注意:去勢済みの犬でも発生することがあります。
前立腺疾患の診断
直腸検査
獣医師が直腸から指を挿入し、前立腺のサイズ、硬さ、対称性、痛みを評価します。
画像診断
エコー検査:
前立腺のサイズ測定
内部構造の評価
嚢胞や膿瘍の検出
レントゲン検査:
前立腺の拡大
骨転移の有無
尿検査
細菌の有無
血液の混入
炎症細胞
前立腺液検査
前立腺マッサージ🛒後の尿を検査:
細菌培養
細胞診
前立腺疾患の治療
良性前立腺過形成の治療
去勢手術(推奨):
最も確実な治療法
手術後数ヶ月で前立腺が縮小
再発リスクなし
内科治療: 繁殖予定がある場合や手術リスクが高い場合:
| 治療法 | 効果 | デメリット |
|---|---|---|
| 抗アンドロゲン剤 | 前立腺縮小 | 継続投与が必要、費用高 |
| エストロゲン製剤 | 前立腺縮小 | 骨髄抑制リスク |
| 5α還元酵素阻害剤 | ホルモン調整 | 効果発現に時間 |
重要:内科治療は一時的であり、根治治療ではありません。
前立腺炎の治療
抗生物質の長期投与(4-6週間)
去勢手術(再発予防)
対症療法(鎮痛剤、消炎剤)
前立腺膿瘍の治療
緊急手術が必要:
外科的ドレナージ
前立腺摘出(まれ)
集中的な抗生物質治療
予防方法
精巣腫瘍と前立腺疾患の最善の予防策は若い時期の去勢手術です。
去勢手術による予防効果
| 疾患 | 予防効果 |
|---|---|
| 精巣腫瘍 | **100%予防 |
| 良性前立腺過形成 | 100%予防** |
| 前立腺炎 | 大幅にリスク減少 |
| 前立腺膿瘍 | 大幅にリスク減少 |
| 前立腺癌 | 効果限定的 |
推奨される去勢時期
| 状況 | 推奨時期 |
|---|---|
| 正常な犬 | 生後6-12ヶ月 |
| 停留精巣あり | できるだけ早期(生後6ヶ月前後) |
| 成犬・高齢犬 | 健康状態が良ければ実施可能 |
詳細は避妊・去勢手術の最適な時期とタイミングをご覧ください。
未去勢犬の健康管理
去勢手術を行わない場合の推奨管理:
| 年齢 | 推奨検査 | 頻度 |
|---|---|---|
| 5歳未満 | 精巣触診、直腸検査 | 年1回 |
| 5-7歳 | 精巣触診、直腸検査、エコー | 年2回 |
| 8歳以上 | 精巣触診、直腸検査、エコー、血液検査 | 年2-3回 |
日常の観察:
精巣のサイズや硬さの変化
脱毛パターンの変化
排便時のいきみ
便の形状(細くなっていないか)
排尿の変化
飼い主が知っておくべきサイン
すぐに受診すべき症状
精巣の異常:
精巣が急に大きくなった
精巣が硬くなった
左右差が著しい
脱毛が進行している
前立腺症状:
便が細くなった、出にくい
排便時に強くいきむ
血尿が出た
尿が出にくい
全身症状:
急激な元気消失
発熱
食欲廃絶
嘔吐
これらの症状が見られたら、早急に動物病院🛒を受診しましょう。
治療費の目安
精巣腫瘍の治療費
| 項目 | 費用目安 |
|---|---|
| 診断(血液検査、エコーなど) | 15,000-30,000円 |
| 去勢手術(精巣摘出) | 30,000-80,000円 |
| 腹腔内停留精巣の手術 | 50,000-150,000円 |
| 入院費(2-5日) | 20,000-50,000円 |
| 病理検査 | 10,000-20,000円 |
| 合計 | 75,000-330,000円 |
前立腺疾患の治療費
| 項目 | 費用目安 |
|---|---|
| 診断(直腸検査、エコーなど) | 10,000-20,000円 |
| 去勢手術 | 30,000-60,000円 |
| 内科治療(月額) | 10,000-30,000円 |
| 前立腺膿瘍手術 | 100,000-300,000円 |
まとめ:去勢手術の重要性
未去勢のオス犬には、精巣腫瘍や前立腺疾患という重大な健康リスクがあります。
重要ポイント:
精巣腫瘍は3種類:セルトリ細胞腫、精上皮腫、間質細胞腫
停留精巣は高リスク:腫瘍発生率13.6倍
前立腺肥大は高頻度:8歳以上の95%以上
去勢手術で100🛒%予防:精巣腫瘍、前立腺肥大ともに
早期発見が重要:定期的な健康診断
未去勢の飼い主さんへ:
繁殖の予定がなければ、愛犬の健康を守るために早めの去勢手術を検討しましょう。停留精巣がある場合は特に重要です。
かかりつけの獣医師と相談し、最善の選択をしてください。
詳しくは犬の繁殖と避妊・去勢:正しい知識と選択をご覧ください。
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