子犬の目の周りや口元に脱毛が見られる、赤みやフケが出ている──こんな症状が現れたら、毛包虫症(ニキビダニ症)の可能性があります。毛包虫症は、ニキビダニという微小なダニが毛包内で異常増殖することで起こる皮膚疾患で、特に若い犬に多く見られます。
この記事では、なぜ若い犬が毛包虫症にかかりやすいのか、その原因、症状、診断、治療法から、予後と予防法まで、獣医師の視点から詳しく解説します。
毛包虫症(ニキビダニ症)とは?
毛包虫症(もうほうちゅうしょう)とは、ニキビダニ(Demodex canis)という微小なダニが犬の皮膚の毛包(毛穴)内で異常に増殖することで発症する皮膚病です。別名「デモデックス症」「アカラス症」とも呼ばれます。

ニキビダニは体長0.2~0.3mmのシガー(葉巻)型をした細長いダニで、8本の短い脚を持ちます。実は、健康な犬の皮膚にも少数のニキビダニが常在しています。通常は免疫系によって増殖が抑えられているため、問題を起こしません(参考:ニキビダニ症の概要)。
しかし、何らかの原因で免疫機能が低下すると、ニキビダニが異常に増殖し、毛包を破壊して炎症と脱毛を引き起こします。
疥癬との違い
同じダニが原因でも、疥癬(ヒゼンダニ)とは大きく異なります。

| 特徴 | 毛包虫症(ニキビダニ) | 疥癬(ヒゼンダニ) |
|---|---|---|
| 感染力 | ほとんど伝染しない | 非常に強い |
| 痒み | 軽度~中程度 | 激しい |
| 人への感染 | なし | あり(一時的) |
| 好発年齢 | 若齢犬、高齢犬 | すべての年齢 |
| 発症原因 | 免疫機能低下 | 接触感染 |
毛包虫症は感染力がほとんどなく、他の犬や人に感染することはありません。
なぜ若い犬に多いのか?免疫と毛包虫症の関係
毛包虫症は、生後3ヶ月~18ヶ月の若い犬に最も多く発症します。その理由は、若い犬の免疫機能が未発達であることにあります。
若年発症型毛包虫症の特徴
若年発症型(Juvenile-onset demodicosis)
発症年齢:生後3~18ヶ月
好発犬種:特定犬種に多い(後述)
症状:多くは局所型、一部が全身型に進行
原因:遺伝的な免疫機能の問題、母犬からの伝播
母犬からの感染経路
ニキビダニは通常、生後2~3日の授乳期に母犬から子犬へ伝播します。
健康な母犬でも、少数のニキビダニを保有しています。子犬が母乳を飲む際に、顔を母犬の皮膚に密着させるため、この時にニキビダニが子犬へ移ります。
健康な子犬では、成長とともに免疫機能が発達し、ニキビダニの数を正常範囲に抑えられます。しかし、遺伝的に免疫機能に問題がある子犬では、ニキビダニをコントロールできず、数ヶ月後に毛包虫症を発症します。
免疫機能の発達と毛包虫症
犬の免疫系は生後約18ヶ月で成熟します。若年発症型の毛包虫症が生後18ヶ月までに多いのは、この免疫成熟過程と関係しています。
免疫機能が未発達な理由:
T細胞機能の未成熟
免疫調節機能の不十分さ
遺伝的な免疫欠損
多くの場合、成長とともに免疫機能が整えば、自然治癒することもあります。
遺伝的素因
若年発症型毛包虫症には、遺伝的要因が強く関与しています。特定の犬種で多発することから、遺伝性が示唆されています。
好発犬種:
シャーペイ
ブルドッグ(フレンチ・イングリッシュ)
ボストン・テリア
パグ
ダックス🛒フンド
ジャーマン・シェパード
アメリカン・スタッフォードシャー・テリア
ピットブル・テリア
これらの犬種では、ニキビダニに対する免疫応答に遺伝的な欠陥があると考えられています。
重要: 若年発症型で全身型に進行した犬は、繁殖に使用すべきではありません。遺伝的な免疫欠損を次世代に伝える可能性があるためです(参考:毛包虫症の遺伝性)。
毛包虫症の分類と症状
毛包虫症は、病変の範囲と発症年齢によって分類されます。
病変範囲による分類
1. 局所型(限局性)毛包虫症
定義:
病変が4箇所以下
各病変の直径が2.5cm🛒以下
全身症状なし
症状:
小さな円形の脱毛斑
好発部位:目の周り、口周り、前肢
軽度の赤み、フケ
痒みはほとんどない
予後: 局所型の約90%は、治療なしでも自然治癒します。特に若い犬では、免疫機能の成熟とともに改善することが多いです。
2. 全身型(汎発性)毛包虫症
定義:
病変が5箇所以上、または
広範囲の脱毛(体表面積の50%以上)
足全体が侵される(足部型を含む)
症状:
広範囲の脱毛
皮膚の赤み、肥厚
二次的な細菌感染(膿皮症)
膿疱、出血、かさぶた
悪臭
中程度の痒み(細菌感染時)
全身症状:元気消失、食欲不振
予後: 全身型は治療が必要で、長期間(数ヶ月~1年以上)かかることがあります。若年発症型でも、約10%が全身型に進行します。
3. 足部型毛包虫症
足の指の間や肉球に限局した特殊型です。
特徴:
治療抵抗性が高い
深部感染を伴いやすい
跛行(足を引きずる)
強い痒み
年齢による分類
若年発症型(3~18ヶ月)
多くは局所型
約10%が全身型に進行
遺伝的素因あり
予後は比較的良好
成年発症型(4歳以上)
ほとんどが全身型
基礎疾患が存在(内分泌疾患、免疫抑制剤使用、悪性腫瘍など)
予後は基礎疾患次第
詳しい症状
初期症状:
小さな円形の脱毛(1~2cm)
脱毛部の軽度の赤み
フケの増加
毛が抜けやすい
進行した症状:
脱毛の拡大と融合
皮膚の肥厚、しわの増加
色素沈着(黒ずみ)
鱗屑(かさぶた)の付着
膿疱の形成
出血、滲出液
悪臭(細菌感染時)
好発部位:
顔(目の周り、口周り、額)
前肢(特に肘)
胴体(背中、脇腹)
足先、指の間
毛包虫症の診断方法
毛包虫症の診断には、顕微鏡検査が不可欠です(参考:ニキビダニ症の診断)。
1. 皮膚掻爬検査
最も一般的で確実な診断法です。
手順:
病変部の皮膚を親指と人差し指で挟んで圧迫
メスの刃で深めに皮膚を掻き取る(出血するまで)
採取した検体をスライド🛒ガラスに置く
液体パラフィンを1滴垂らす
顕微鏡で観察
観察対象:
ニキビダニの成虫(シガー型、8本脚)
幼虫、若虫
卵
重要: 皮膚掻爬検査は深めに行う必要があります。ニキビダニは毛包の深部に生息するため、表面的な掻爬では検出できないことがあります。
2. 抜毛検査
毛を根元から抜いて顕微鏡で観察する方法です。
手順:
病変部から毛を10~20本根元から抜く
スライドガラスに並べる
液体パラフィンを垂らす
顕微鏡で毛根部を観察
毛包に付着したニキビダニを確認できます。
3. 皮膚生検
診断が困難な場合や、足部型の場合に実施します。
診断基準
陽性判定:
少数のニキビダニの検出でも、臨床症状があれば陽性
重症度評価:
幼若虫や卵が多数見られる:活発に増殖中
成虫のみ:増殖は抑制されつつある
除外診断
他の脱毛を起こす疾患を除外します。
[皮膚糸状菌症](/articles/ringworm-fungal-infection-dogs-circular-hair-loss): 円形脱毛、培養検査で確認
[アトピー性皮膚炎](/articles/dog-atopic-dermatitis-causes-symptoms-management): 強い痒み、季節性
内分泌疾患: 対称性脱毛、血液検査で診断
[膿皮症](/articles/dog-pyoderma-bacterial-skin-infection-treatment): 膿疱、細菌培養
毛包虫症の治療法
毛包虫症の治療は、ニキビダニの駆除と二次感染の管理が中心です。
治療の基本原則
1. 局所型の場合
若い犬の局所型は、多くの場合経過観察で自然治癒を待ちます。
月1回の再検査
悪化傾向があれば治療開始
免疫力維持のためのケア
2. 全身型の場合
積極的な治療が必要です。
薬物療法
イソオキサゾリン系薬剤(第一選択)
現在、最も推奨される治療法です。
主な薬剤:
アフォキソラネル(ネクスガード): 経口、月1回
フルララネル(ブラベクト): 経口、3ヶ月1回
サロラネル(シンパリカ): 経口、月1回
ロチラネル(クレデリオ): 経口、月1回
メリット:
高い駆虫効果(90%以上の治癒率)
安全性が高い
投与が簡単(おやつタイプ)
ノミ・マダニ予防も同時に可能
投与期間:
2回連続で検査陰性になるまで継続(通常2~6ヶ月)
陰性確認後も1~2ヶ月継続を推奨
マクロライド系薬剤
イベルメクチン:
経口または注射
週1~2回投与
効果は高いが、副作用に注意
注意: コリー、シェルティ、オーストラリアン・シェパードなどのMDR1遺伝子変異を持つ犬種には禁忌。重篤な神経症状のリスクがあります。
ミルベマイシンオキシム:
経口、毎日投与
フィラリア予防薬の高用量使用
モキシデクチン:
スポットオン製剤
週1回投与
外用薬
アミトラズ:
薬浴
週1~2回
現在はあまり使用されない(毒性、手間)
二次感染の治療
全身型では、細菌感染を併発することが多いです。
抗生物質:
セファレキシン
クラブラン酸アモキシシリン
エンロフロキサシン
投与期間:3~6週間
薬用シャンプー🛒:
過酸化ベンゾイル配合
クロルヘキシジン配合
週2回
治療のモニタリング
再検査の頻度:
治療開始後、月1回の皮膚掻爬検査
ニキビダニの数の変化を確認
治癒判定:
2回連続で検査陰性
臨床症状の完全消失
その後1~2ヶ月の継続投与
重要: 症状が改善しても、ニキビダニが残っている場合があります。必ず顕微鏡検査で確認し、陰性を確認してから治療終了してください。
治療法の比較表
毛包虫症治療に使用される主な薬剤を比較してみましょう。
| 薬剤名 | 投与方法 | 投与頻度 | 効果 | 安全性 | MDR1犬種 | 費用(月額目安) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| アフォキソラネル | 経口 | 月1回 | 非常に高い | 非常に高い | ✅ 安全 | 2千〜5千円 |
| フルララネル | 経口 | 3ヶ月1回 | 非常に高い | 非常に高い | ✅ 安全 | 3千〜7千円 |
| サロラネル | 経口 | 月1回 | 非常に高い | 非常に高い | ✅ 安全 | 2千〜5千円 |
| イベルメクチン | 経口/注射 | 週1〜2回 | 高い | 中程度 | ❌ 禁忌 | 数千円 |
| ミルベマイシン | 経口 | 毎日 | 高い | 高い | △ 注意 | 5千〜1万円 |
| モキシデクチン | スポットオン | 週1回 | 中〜高 | 高い | ✅ 安全 | 数千円 |
推奨: 現在の第一選択はイソオキサゾリン系薬剤(アフォキソラネル、フルララネル等)です。安全性と効果のバランスが最も優れています。
若年発症型の予後
若年発症型毛包虫症の予後は、病型によって異なります。
局所型の予後
非常に良好:
約90%が自然治癒
治療した場合、ほぼ100%治癒
再発率:低い(10%以下)
治療期間:1~3ヶ月
多くの場合、生後18ヶ月までに免疫機能が成熟し、自然にニキビダニの数が正常化します。
全身型の予後
治療により良好:
適切な治療で70~80%が治癒
治療期間:3~12ヶ月(個体差が大きい)
再発率:約20~30%
一部は生涯管理が必要
予後不良因子:
足部型を伴う
深部細菌感染が重度
免疫抑制状態が続く
シャーペイなど重度の好発犬種
長期的な影響
皮膚の変化: 慢性化すると、皮膚に永久的な変化が残ることがあります。
色素沈着(黒ずみ)
皮膚の肥厚
瘢痕形成
再発の可能性: 一度治癒しても、免疫力が低下すると再発する可能性があります。
他の病気の発症時
高齢化
繁殖制限: 若年発症型で全身型に進行した犬は、遺伝的な免疫欠損の可能性が高いため、繁殖には使用すべきではありません。
予防と日常ケア
毛包虫症の完全な予防は困難ですが、発症リスクを下げることは可能です。
免疫力の維持
1. バランスの良い[栄養](/articles/dog-nutrition-balanced-diet-healthy-skin-coat)
高品質なタンパク質
オメガ3脂肪酸(魚油、亜麻仁油)
ビタミンE、亜鉛
子犬用フード🛒の適切な給与
2. ストレス管理
免疫機能はストレスに敏感です。
過度のトレーニングを避ける
十分な休息時間
安心できる環境
社会化の適切な進め方
3. 寄生虫予防
内部寄生虫(回虫、鉤虫など)は免疫機能を低下させます。
定期的な検便と駆虫
清潔な飼育環境
4. 早期不妊去勢手術の回避
最近の研究では、あまりに早期の不妊去勢手術は免疫機能の発達に影響する可能性が示唆されています。獣医師と相談して適切な時期を決めましょう。
早期発見のポイント
定期チェック:
週1回、顔や前肢の毛の状態を確認
小さな脱毛斑がないかチェック
フケの増加に注意
すぐに受診すべきサイン:
円形の脱毛が現れた
脱毛部が赤くなっている
脱毛が広がっている
複数箇所に脱毛がある
早期発見できれば、局所型のうちに治療を開始でき、全身型への進行を防げます。
好発犬種の注意点
ブルドッグ、パグ、シャーペイなどの好発犬種を飼育する場合:
繁殖元の確認: 親犬や同腹犬に毛包虫症の既往がないか確認
定期健診: 生後3ヶ月から定期的な皮膚チェック
早期介入: わずかな脱毛でも獣医師に相談
予防的ケア: 免疫力維持のための生活管理
環境管理
ニキビダニは感染力が弱いため、環境消毒はそれほど重要ではありません。
基本的なケア:
ベッドやタオルの定期的な洗濯
ブラシの清潔維持
適度な日光浴(ビタミンD合成)
よくある質問
Q: 若い犬の毛包虫症は、治療しなくても治りますか? A: 局所型(4箇所以下、2.5cm以下の病変)であれば、約90%が自然治癒します。ただし、月1回の再検査で経過を観察し、悪化傾向があれば治療を開始すべきです。全身型は必ず治療が必要です。
Q: 他の犬や人に感染しますか? A: いいえ、毛包虫症は感染力がほとんどありません。ニキビダニは犬特有のダニで、人には感染しません。また、他の犬への伝染も成犬間ではほぼ起こりません(母犬から子犬への伝播を除く)。
Q: 毛包虫症の犬をシャンプー🛒しても大丈夫ですか? A: はい、むしろ推奨されます。薬用シャンプー(過酸化ベンゾイルやクロルヘキシジン配合)は、皮膚を清潔に保ち、二次感染を予防します。週1~2回のシャンプーが理想的です。
Q: 一度治癒したら、再発することはありますか? A: 若年発症型で局所型だった場合、免疫機能が成熟すれば再発は稀です。しかし、全身型だった犬や、後に免疫抑制状態(病気、ステロイド使用など)になった場合は、再発する可能性があります。
Q: 毛包虫症の犬を繁殖に使っても良いですか? A: 若年発症型で全身型に進行した犬は、繁殖に使用すべきではありません。遺伝的な免疫欠損の可能性が高く、子犬にも同様の問題が現れるリスクがあります。局所型のみで自然治癒した犬については、獣医師と相談してください。
Q: コリーを飼っていますが、どの薬なら安全ですか? A: コリー系犬種(コリー、シェルティ、オーストラリアン・シェパード等)にはイベルメクチンは禁忌です。イソオキサゾリン系薬剤(ネクスガード、ブラベクト、シンパリカ等)は安全に使用できます。これらが第一選択となります。
まとめ
犬の毛包虫症(ニキビダニ症)は、ニキビダニが毛包内で異常増殖することで起こる皮膚疾患で、特に若い犬に多く見られます。若い犬に多い理由は、免疫機能が未発達であることと、遺伝的素因にあります。
毛包虫症の重要ポイント:
原因: ニキビダニ(Demodex canis)の異常増殖、健康な犬にも少数常在
若い犬に多い理由: 生後3~18ヶ月は免疫機能が未発達、遺伝的素因
分類: 局所型(4箇所以下、2.5cm以下)と全身型、若年発症型と成年発症型
症状: 脱毛(目の周り、口周り、前肢)、赤み、フケ、痒みは軽度
診断: 皮膚掻爬検査、抜毛検査で顕微鏡確認
治療: イソオキサゾリン系薬剤(ネクスガード、ブラベクト等)が第一選択
予後: 局所型は90%自然治癒、全身型も治療で70~80%治癒
再発予防: 免疫力維持(栄養、ストレス管理)、早期発見
繁殖制限: 全身型に進行した犬は繁殖に使用すべきでない
若年発症型の局所型毛包虫症は、多くの場合自然治癒する予後良好な疾患です。しかし、全身型に進行すると長期治療が必要になるため、早期発見・早期治療が重要です。小さな脱毛斑を見つけたら、すぐに動物病院を受診しましょう。






