愛犬が突然、本気で噛みついてきた——そんな経験をした飼い主🛒さんは、決して少なくありません。環境省の統計によると、日本では年間約4,000〜4,400件の犬による咬傷事故が発生しており、そのうち90%以上が飼い犬によるものです。
本気噛みは単なる「噛み癖」とは次元が異なる問題です。血が出るほど、何針も縫うほど噛む犬は、獣医行動診療科認定医の解説によれば、正常な精神状態を逸脱している可能性があり、「しつけ」ではなく「行動治療」の領域に入っています。
この記事では、本気噛みの原因から危険度の評価方法、そして専門家が推奨する正しい対処法まで、科学的なエビデンスに基づいて徹底解説します。愛犬の咬傷行動に悩む方、また予防したい方にとって、必ず役立つ情報をお届けします。
本気噛みとは何か:甘噛みとの決定的な違い
犬の🛒噛む行動には、大きく分けて「甘噛み」と「本気噛み」があります。この2つを明確に区別することが、適切な対応の第一歩です。

甘噛みの特徴
甘噛みは主に子犬期に見られる行動で、遊びやコミュニケーションの一環です。力加減があり、皮膚に傷がつくことはほとんどありません。歯が当たっても痛みを感じる程度で、出血することは稀です。
本気噛みの定義
一方、本気噛みとは犬が明確な意図をもって強く噛みつく行動を指します。ASPCA(米国動物虐待防止協会)によると、本気噛みの背景には以下のような本能的動機があります:

身を守りたい(恐怖や痛みからの防衛)
大切なものを奪われたくない(所有欲、資源防衛)
相手を制御したい(支配や威嚇)
本気噛みでは、犬歯が深く刺さり、皮膚が裂け、出血を伴うことがほとんどです。場合によっては縫合が必要な傷や、骨折に至ることもあります。
なぜ本気噛みは「しつけ」の範疇を超えるのか
甘噛みであれば、「痛い」と声を出して遊びを中断する、噛んでいいおもちゃ🛒を与えるなどの基本的なしつけで改善が期待できます。しかし、本気噛みは犬の感情や認知、時には脳機能に関わる複雑な問題です。
犬の攻撃性の原因と対策でも詳しく解説していますが、本気噛みを「しつけ」で直そうとすると、かえって状況を悪化させる危険があります。特に体罰や威嚇的な対応は、犬の恐怖心を強め、攻撃性をエスカレートさせる原因になります。
ダンバー博士の咬傷スケール:噛みつきの重症度を客観評価
犬の噛みつきの重症度を客観的に評価する指標として、世界的に使用されているのが「ダンバー博士の咬傷スケール(Ian Dunbar Dog🛒 Bite Scale)」です。
イアン・ダンバー博士とは
イアン・ダンバー博士は、獣医師であり動物行動学者です。1970年代にこの咬傷スケールを開発し、現在では米国プロドッグトレーナー協会(APDT)の公式ガイドラインとして採用されています。
6段階の咬傷レベル
ダンバーアカデミーによると、咬傷は以下の6段階に分類されます:
| レベル | 重症度 | 詳細 |
|---|---|---|
| レベル1 | 接触なし | 攻撃的な行動はあるが、歯が皮膚に触れていない |
| レベル2 | 軽微 | 歯が皮膚に触れたが穿孔なし。かすり傷程度の出血 |
| レベル3 | 中程度 | 1〜4箇所の穿孔傷。深さは犬歯の半分以下 |
| レベル4 | 重度 | 1〜4箇所の穿孔傷。犬歯の半分以上の深さ。噛んだまま振り回した形跡 |
| レベル5 | 最重度 | 複数回の攻撃、レベル4以上の傷が複数 |
| レベル6 | 致死 | 被害者死亡 |
重要な事実:99%以上はレベル1〜2
幸いなことに、犬の噛みつき事故の99%以上はレベル1〜2に該当します。これらの犬は適切なリハビリテーションによって、再び噛まなくなる可能性が高いとされています。
一方、レベル3では改善は可能ですがより困難になり、レベル4以上の犬については、専門家の間でも「リハビリテーションは極めて困難」という見解で一致しています。
レベルごとの予後と対応
レベル1〜2: トレーニング🛒で改善可能。再発リスクは低い
レベル3: 専門家の指導が必須。改善には時間がかかる
レベル🛒4以上: 行動治療の専門家との長期的な連携が必要。完全な「治癒」は期待できず、生涯にわたる管理が求められる
本気噛みを引き起こす5つの原因
本気噛みには必ず原因があります。その原因を正しく理解することが、適切な対処の第一歩です。
1. 恐怖・防衛反応
VCA動物病院の解説によると、恐怖に基づく攻撃は最も一般的なタイプの一つです。
犬が恐怖を感じると、「闘争か逃走か(fight or flight)」の反応が起こります。逃げ場がない状況に追い込まれた犬は、自分を守るために攻撃に転じます。
恐怖性攻撃行動の特徴:
耳を後ろに倒す
尻尾を足の間に巻き込む
体を低くする
後ずさりしながら唸る
追い詰められると突然噛みつく
恐怖症の克服トレーニングも参考に、愛犬の恐怖の対象を特定することが重要です。
2. 痛みによる攻撃(疼痛性攻撃行動)
普段は穏やかな犬が突然噛みついた場合、体のどこかに痛みがある可能性を疑いましょう。
疼痛性攻撃が起こりやすい状況:
抱き方が悪く関節に負担がかかった時
炎症や傷がある部位に触れた時
関節炎や椎間板ヘルニアなど慢性的な痛みがある時
耳や歯に感染症がある時
痛みによる攻撃は、「触らないで!」という犬からの明確なメッセージです。叱るのではなく、痛みの原因を特定し、獣医師の診察を受けることが最優先です。
3. 所有欲・資源防衛
食べ物、おもちゃ🛒、寝床、あるいは特定の人物など、犬にとって「大切なもの」を守ろうとして攻撃する行動を「リソースガーディング」と呼びます。
典型的な例:
フードボウル🛒に近づくと唸る・噛む
おもちゃを取り上げようとすると攻撃する
ソファや寝床から降りるよう促すと噛みつく
リソースガーディングの直し方では、この問題への具体的な対処法を解説しています。重要なのは、無理に取り上げようとしないこと。それは犬の防衛本能を強化するだけです。
4. 興奮の暴走
遊びの中で興奮がエスカレートし、力のコントロールができなくなって本気噛みに至るケースがあります。
これは特に以下の状況で起こりやすいです:
追いかけっこや引っ張りっこなど激しい遊び
複数の犬との遊びで興奮が高まった時
獲物追跡本能が刺激された時(動くものを追いかける)
興奮による噛みつきは、犬に悪意があるわけではありません。しかし、結果として深刻な傷を負わせる可能性があるため、興奮のサインを早期に見極め、クールダウンさせることが重要です。
5. 医学的原因
ASPCAは、攻撃的な犬をまず獣医師に診せることを強く推奨しています。以下のような医学的問題が攻撃行動の原因となることがあります:
脳機能の異常:
てんかん
脳腫瘍
水頭症
認知機能障害(高齢犬🛒)
内分泌系の異常:
甲状腺機能亢進症(攻撃性、落ち着きのなさ)
甲状腺機能低下症(イライラ、攻撃性)
副腎皮質機能亢進症
その他:
感覚器障害(視力・聴力の低下による不安)
慢性的な痛み
狂犬病などの感染症
これらの医学的原因がある場合、行動修正だけでは改善せず、適切な医療介入が必要です。
日本の咬傷事故:統計で見る深刻な実態
犬による咬傷事故は、決して他人事ではありません。環境省の統計から、日本の現状を見てみましょう。
年間発生件数の推移
| 年度 | 発生件数 |
|---|---|
| 1981〜1982年(ピーク) | 14,000件以上 |
| 2008年 | 約5,000件 |
| 2019年 | 約4,200〜4,300件 |
| 2021年 | 約4,400件(増加傾向) |
ピーク時から大幅に減少したものの、近年は再び増加傾向にあります。
衝撃的な事実
90%以上が飼い犬による事故:野良犬ではなく、家庭で飼われている犬が加害者
2016年度には5名が死亡:咬傷事故は命に関わる
15%の飼い主が自分の犬に噛まれた経験がある:愛犬であっても例外ではない
事故が起こりやすい状況
統計によると、咬傷事故の多くは以下の状況で発生しています:
公共の場でのノーリード🛒:リードをしていない、または飼い主が制御できなかった
飼い主不在時:庭から脱走、または来客対応中
子供への被害:大人より子供が被害に遭いやすい
2024年2月には、群馬県伊勢崎市の公園で12人が次々に犬に襲われる事故も発生しています。
注意が必要な犬種とその理由
特定の犬種が「危険」というわけではありませんが、歴史的背景や身体的特徴から、より注意が必要な犬種があることは事実です。
柴犬
日本で最も人気の高い犬種の一つですが、保険金支払いデータでは事故発生率が比較的高い犬種です。
注意すべき特徴:
オオカミに近い遺伝子を持ち、警戒心が強い
独立心が強く、過度な接触を嫌う傾向
家族以外への警戒心が強い
「柴距離」と呼ばれる独特のパーソナルスペース意識
秋田犬
秋田犬は保険金支払いデータにおいて、事故発生率3.7%と最も高い数値を記録しています。
注意すべき特徴:
闘犬としての歴史を持つ
体格が大きく、事故が起きた場合の被害が深刻化しやすい
見知らぬ人や他の犬への警戒心が非常に強い🛒
飼育経験者でなければ適切な管理が難しい
茨城県内では過去に、秋田犬に咬まれて児童が死亡する事故も発生しています。
テリア種
小型犬が多いテリア種ですが、その気質には注意が必要です。
注意すべき特徴:
元々は害獣駆除のために改良された狩猟犬
自分より大きな獲物にも向かっていく勇敢さ
気が強く、攻撃性が高い傾向
興奮しやすく、噛みつきに発展しやすい
捕食本能の管理では、狩猟本能が強い犬種との付き合い方を詳しく解説しています。
犬種差別ではなく「理解」を
重要なのは、特定の犬種を「危険」と決めつけることではありません。どの犬種にも適切な飼育方法があり、それを理解した上で飼育することが、事故防止につながります。
本気噛みへの正しい対処法
本気噛みが発生した場合、または発生しそうな兆候がある場合、以下のステップ🛒で対処することが推奨されています。
まず獣医師の診察を
VCA動物病院は、攻撃的な犬を何よりもまず獣医師に診せることを強調しています。
必要な検査:
血液検査・血液化学検査
甲状腺ホルモン検査
神経学的検査
必要に応じてCT・MRI検査
医学的原因が見つかれば、適切な治療によって攻撃行動が改善する可能性があります。逆に、医学的原因を見落としたまま行動修正だけを行っても、効果は限定的です。
安全確保:噛まれない環境づくり
初期対応では、「犬が噛まなくなること」よりも「噛まれない生活を送ること」に焦点を当てます。
具体的な安全対策🛒:
トリガーの特定:どんな状況で噛むのかを記録する
回避策の実施:トリガーとなる状況を避ける
物理的な隔離:必要に応じてゲート🛒やケージを活用
マズルの装着:外出時や来客時の事故防止
これは「あきらめ」ではありません。安全を確保した上で、長期的な改善に取り組むための第一歩です。
専門家への相談
自力での解決が難しい場合は、専門家への相談が不可欠です。専門家に相談すべきタイミングも参考にしてください。
相談すべき専門家:
獣医行動診療科認定医:動物の問題行動を専門に診る獣医師
認定動物行動コンサルタント:行動修正の専門家
プロのドッグトレーナー:ただし、攻撃行動の経験が豊富な方
相談が必要なサイン:
噛む強さが増している
特定の人や状況で攻撃的になる
他の問題行動(吠え、不安など)も併発している
家庭での対処が効果を示さない
脱感作と拮抗条件づけ(CC/DS)
VCA動物病院の脱感作・拮抗条件づけガイドによると、この手法は攻撃行動の改善に最も効果的とされています。
脱感作(Desensitization)とは: 攻撃の引き金となる刺激に、反応が起こらない低いレベルから段階的に慣らしていく方法です。
拮抗条件づけ(Counterconditioning)とは: 嫌な刺激を、おやつ🛒などの「良いこと」と結びつけ、感情反応を変える方法です。
この2つを組み合わせることで、「怖い・嫌だ」から「良いことが起こる」へと、犬の感情を根本から変えていきます。
重要なポイント:
閾値以下で行う:犬が反応しないレベルから始める
焦らない:数週間〜数ヶ月かかることも珍しくない
専門家の指導のもとで:自己流は逆効果になるリスクがある
犬の問題行動:原因を知って根本から解決では、問題行動全般へのアプローチを包括的に解説しています。
絶対にやってはいけないこと
本気噛みへの対処を誤ると、状況は悪化の一途をたどります。以下の行動は絶対に避けてください。
体罰や威嚇的な対応
プロングカラー(スパイクカラー)、電気ショックカラー、叩く、大声で怒鳴るなどの罰を使った🛒対応は、ほぼ確実に逆効果です。
なぜ逆効果なのか:
犬の恐怖心を増幅させる
「人間は危険」という学習を強化する
攻撃のトリガーを増やす
予測不能な攻撃を引き起こす可能性がある
ネット情報だけを頼りにした素人対応
血が出るほどの本気噛みは、しつけで直そうという考えは危険です。ネット上には「噛んだらマズルを掴む」「アルファロールで押さえつける」などの誤った情報が溢れています。
これらの方法は:
科学的根拠がない
犬を追い詰め、攻撃をエスカレートさせる
飼い主が重傷を負うリスクがある
「様子を見る」と放置すること
「一度だけだから」「そのうち落ち着くだろう」と放置することは、最も危険な対応です。
一度噛むことを覚えた犬は:
噛めば要求が通ると学習する
同じ状況で再び噛む可能性が高まる
噛みつきの強度がエスカレートしていく
早期介入が、改善の可能性を大きく左右します。
犬を追い詰める行為
逃げ場をなくす、見下ろすように覆いかぶさる、目を凝視するなどの行為は、犬を極限まで追い詰めます。恐怖で攻撃に転じた犬は、最も激しい噛みつきを行います。
薬物療法という選択肢
行動療法だけでは改善が難しいケースでは、薬物療法が検討されることがあります。行動問題の薬物療法の選択肢で詳しく解説していますが、ここでは概要をお伝えします。
いつ薬物療法が検討されるのか
衝動性が非常に強く、行動療法が実施できない
脳機能の異常が疑われる
不安やストレス🛒が極めて高いレベルにある
行動療法と併用することで効果が期待できる場合
使用される薬の種類
抗不安薬:恐怖や不安を軽減
抗うつ薬(SSRI等):セロトニンバランスを調整
抗てんかん薬:衝動性のコントロール
重要な注意点
薬だけで本気噛みが「治る」ことはない
行動療法との併用が基本
獣医師の処方と管理が必須
効果が出るまで数週間かかることも
薬物療法は「魔法の薬」ではなく、行動療法を効果的に進めるための補助手段と考える🛒べきです。
予防が最も重要:子犬期からの社会化
本気噛みの最善の対策は、そもそも問題を発生させないことです。そのカギを握るのが、子犬期の社会化です。
社会化期の重要性
犬の社会化期は生後4〜14週齢とされています。この時期の経験が、成犬になってからの行動に大きく影響します。
社会化期にすべきこと:
様々な人(年齢、性別、服装の違い)との接触
他の犬や動物との適切な交流
多様な環境(音、場所、乗り物)への暴露
すべてをポジティブな経験として学習させる
社会化不足が招く問題行動では、社会化の具体的な方法と、不足した場合のリカバリー方法を解説しています。
甘噛みの段階での適切な対応
子犬の甘噛みを放置していると、興奮時や追い詰められた時に本気噛みに発展しやすくなります。
甘噛みへの正しい対応:
噛まれたら「痛い」と声を出して遊びを中断
噛んでいいおもちゃを提供する
興奮しすぎたらクール🛒ダウンさせる
絶対に手で遊ばない(手を噛む対象と認識させない)
一度覚えた噛む行動は矯正が困難
「噛めば相手が引く」「噛めば嫌なことが止まる」という学習は、犬の脳に深く刻まれます。この学習を完全に消去することは非常に困難です。
だからこそ、子犬との幸せな暮らし方でも強調しているように、子犬期からの予防的なアプローチが何より重要なのです。
まとめ:本気噛みは「問題行動」ではなく「行動治療」の領域
この記事では、犬の本気噛みについて、その定義から原因、対処法まで詳しく解説してきました。
本記事のポイント
本気噛みは甘噛みとは根本的に異なる:本能的な動機に基づく深刻な行動
ダンバースケールで重症度を客観評価:レベル4以上は長期管理が必要
原因は5つ:恐怖、痛み、所有欲、興奮、医学的問題
日本でも年間4,000件以上の事故:90%以上が飼い犬によるもの
正しい対処は専門家との連携:体罰や素人対応は逆効果
予防が最善:子犬期の社会化が鍵
愛犬と安全に暮らすために
本気噛みは、飼い主🛒だけで解決できる問題ではありません。しかし、専門家と連携し、正しい知識に基づいて対処すれば、多くのケースで改善が見込めます。
重要なのは:
早期に専門家へ相談すること
安全を最優先にすること
長期的な視点を持つこと
愛犬を「悪い犬」と決めつけないこと
本気噛みをする犬は、多くの場合、恐怖や不安、痛みを抱えています。その「SOS」を正しく受け止め、適切なサポートを提供することが、私たち飼い主の責任です。
犬の問題行動:原因を知って根本から解決では、本気噛みを含む様々な問題行動について、より包括的な視点から解説しています。愛犬との暮らしに悩みがある方は、ぜひ参考にしてください。
愛犬と安全で幸せな暮らしを送るために、この記事がお役に立てれば幸いです。






